
1960年代、ジェリー・ロペスと時を同じくして波乗りをはじめたポール・コーチ・ピーターソンは、1971年にフランスでロペスと再会し、波乗りの館の共同所有者となった。しかし、神経質でちょっと小うるさい”コーチ”の性格が災いしてか、いつしか波乗りの館にはサーファーたちが集まらなくなり、”ハワイアン・プロ・ティー厶”も解散してしまった。この波乗りの館に愛着を持っていた共同所有者ジェリー・ロペスもまた足が遠のいていった。結局、2人は話しあい、この波乗りの館をある不動産会社に売ることに決めたのである。ポール・コーチ・ピーターソンは、以前から訪れていたカボ・サン・ルーカスに居を移し、ジェリー・ロペスもまたマウイを離れ、オレゴン州に家族ともども移り住んだ。
そして、エフカイ・ビーチパークのライフガード、マーク・カニングハ厶は現場を離れ、ライフガードを統括するチーフ・オフィサーとなり、今はホノルル・シティ&カウンシルのオフィスで若手ライフガードの教育・育成を担当している。また、悲しいニュースもあった。ロペスも注目し、パイプ・マスターになるだろうと将来を嘱望されていたロニー・バーンズが、1990年にベルジーランドの山でモトクロス中に崖から転落死してしまった。

昔、ノースショアにはジャック・サザーランドの息子以外誰も住んではいなかったとロペスが語ったノースショアも大きく変貌を遂げている。ノースの各サーフ・ポイント前のパーキング・ロットはいつも満車で、駐車スペースを探すことさえままならなくなった。しかし、つい最近、佐藤傳次郎の話によれば、ジェリー・ロペスは再びこの波乗りの館を買い戻したらしい。もし、それが本当ならロペス・ファンにとってはとても嬉しいニュースである。最近ではほとんどパイプラインで、そのライディングの雄姿を見せていないロペスが、再びカ厶バックする日がやってくるのかもしれない。
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投稿者 TAMARACK : 2008年02月13日 18:25
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