あのパイプラインの入り口にある3階建ての家を知っているだろうか?
その家は、エフカイ・ビーチに面したオーシャン・フロントにあり、パイプラインを一望にすることができる。建物の回りは高い木の塀(へい)で囲まれており、外からはなかの様子を伺いしることができない。1階はフローリングの広いリビング・ルームになっていて、庭へと続く階段状の広いウッド・デッキのベランダがついている。コンクリートで固められた前庭には、南の島の太陽を遮る背の高いヤシの木が数本、ビーチとの境に植えられ、椅子と一体になった長方形の木製ベンチが2セットと、海への出入り口の脇にシャワーが完備されている。2階と3階には、合計5つの部屋があり、そのどの部屋からも正面にパイプラインが臨めるように設計されている。冬、ノースショアの波乗りのシーズンがはじまると、世界のトップ・クラスのサーファーたちやサーフィン誌のエディター、フォトグラファーが訪れて、大賑わいになるこの家は、サーファーたちの間でパイプライン・ハウスとも呼ばれる波乗りの館である。

この波乗りの館の主(あるじ)がジェリー・ロペスとポール・ピーターソンであった。1980年、ロペスは、サーフ・ビジネスからリタイアしたあと、その土地の所有者であったポール・ピーターソンとともに共同で3階建ての家に建て替えたのである。
当時、ジェリー・ロペスはもうこのビジネスにはうんざりしていたし、彼はサーファーであることの証(あかし)として、パイプラインが見える家に住みたいという長年の念願を叶えたのであった。

その後1983年、この家の共同所有者ポール・ピーターソン、愛称”コーチ”とともにロペスは、ハワイの第一線のプロ・サーファーたちを集めて、”ハワイアン・プロ・ティーム”を作った。このハワイアン・プロ・ティームは、マイケル・ホー、デレック・ホー、バジー・カーボックス、ハンス・へデマン、バテンス・カラヒオカラニらと、若手ロニー・バーンズ、そして1974年のパイプ・マスター、ローリー・ラッセルというハワイを代表するサーファーたちで構成されていた。
それまでハワイアン・サーファーのシンボルとして存在していたジェリー・ロペスは、彼を慕って集まる彼らサーファーたちに自分の波乗り哲学を伝授しはじめた。彼らサーファーたちが集うこの家は、まさしく波乗りの館として機能を果たしていた。
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