
四方を海に囲まれたハワイでは、サメは、生活のなかでさまざまな形に利用されてきた。キャプテン・クック(注14)が来島したときには、ハワイアンたちは鉄製品を異常に欲しがったという記録が残されているが、古代ハワイ社会では、ナイフのように鋭く切れるサメの歯は、鉄製品の代用品として重要な道具だった。
よく土産物店などで、歯が上下に並んだサメの口の骨格が売られているが、わたしはあるとき友人の家でホホジロザメの口の骨格標本を見せてもらったことがある。頭を入れてみたりと、そのホホジロザメの口の標本をさんざんいじくり回したあげく、サメの口に入れていた手を出そうとしたとき、偶然指が歯にタッチしてしまった。その瞬間、指から血が噴き出し、5センチほど深く切ってしまった。サメの歯は、構造的に、押すよりも引く力で切れるようになっていることが、このとき初めて知ったのである。つまり、サメは、口にくわえた獲物を頭を振って引き裂くようにして食べるようだ。さらに観察してみると、サメの歯は、内側に向かって大中小と三列ほど並んでおり、一番外側の大きな歯が欠けてしまっても、次の中くらいの歯が内側からベルトコンベアのように外側に飛び出してきて入れ替わるという。つまり、サメはいつもシャープに尖った切れ味の鋭い歯を持つことができるのである。
このように古代ハワイ社会では、サメの歯は、切ったり裂いたりする時に使うナイフとして加工されたり(注15)、サメの歯を埋め込んだ戦闘用棍棒(注16)やサメの歯を手に巻き付けて武器(注17)として使用された。どれも、本当に痛そうな道具である。また、タイガー・シャークから剥いだサメ皮は、フラの大型のドラム、パフ(注18)に張られている。ほとんどの種類のサメの肉はまれに食用にされたが(注19)、サメは宗教上のカプ(神聖なもの)、力やハイチーフの地位を意味するので(注20)、女性はサメを食べることが禁止されていた。サメの肉を食べた習慣があるといっても、すべてのサメの肉を食べたわけではないようだ。
古代ハワイ社会で最も重要なことは、パールハーバー(注21)やハーラヴァ溪谷(注22)のようなスピリチャルな場所と同じように、サメは、スピリチャルな存在としてハワイアンの信仰の対象とされていたということである。また、ある種のサメは、その狂暴性ゆえに、大酋長(アリイ・ヌイ)と同等に扱われていた。
古代ハワイ社会では、大きく分けてサメを2種類のハワイ語で表現していた。メジロザメ科のあばれ坊、タイガー・シャーク(イタチザメ)とサメの王様ともいえるネズミザメ科のグレート・ホワイト・シャーク(ホホジロザメ)(注23)という、体長5メートル前後の大型の人喰いザメはニウヒと呼ばれた。大酋長や戦士たちの間では、これら狂暴なニウヒ(人喰いザメ)を仕留める(注24)危険な力試しが行われていた。ニウヒは力の象徴であり、どれだけ大きいニウヒをシャーク・ハントできるかによって、大酋長としての力が示せた。
もうひとつは、リーフや近海に棲息する体長2〜3メートルの中・小型のサメたちで、マノーと呼ばれていた。ビッグ・ノーズ・シャーク、グレイ・リーフ・シャーク、ガラパゴス・シャーク、オーシャニック・ホワイト・チップ・シャーク(ヨゴレザメ)、サンド・バー・シャーク(ヤジブカ)(注25)や、シルキー・シャーク(クロトガリザメ)(注26)など、いずれも熱帯のサンゴ礁などに生息するメジロザメ科の比較的おとなしいサメたちだ。
あるハワイアンにとって、マノーと呼ばれたある種のサメは彼らの先祖であり、その一族の繁栄をもたらすアウマクア(守り神)として祭られていた(注27)。また、古代ハワイ社会にはカフ・マノーと呼ばれる特種技能者の一族(注28)がいた。彼らは、グレー・リーフ・シャーク(マノー)を手なずける術に長けており、マノーに乗って波乗りを楽しんだり、泳いでいるマノーにロープをかけて、いわゆるサメ・ロデオをして遊んだりしていたという。彼らにとってそのグレー・リーフ・シャーク(マノー)は、彼らのアウマクアなのである。
著名なハワイの歴史家サミエル・カマカウアによると、20世紀初頭でも、ある一部のカフ・マノーたちはマノーと生活を共にしていたと、彼の著書に記述している。彼自身、サメに乗ったカフマノーが他のサメの群れを浅瀬に追い込んでいる姿を目撃している。このように、古代ハワイ社会では、サメは狂暴な略奪者のニウヒであり、一家の守り神、信仰の対象としてのマノーであり、いずれにせよ、サメはハワイアンの精神的支柱の一つであったことに間違いない。
また、サメのハワイ語の名前には、サメの身体的特長を現している名前もいくるかある。海底の洞窟の底などでのんびりと寝ている体長1.2〜2メートルほどのネムリ・ブカは、英名がホワイト・チップ・リーフ・シャークというが、ハワイ語では「白いフィン」を意味する名前のラーラーケア(lalakea)という。日本名ニタリ(ペラジック・スレッシャー)やハチワレ(ビッグ・アイ・スレッシャー)、マオナガ(注29)などのオナガザメ科のサメは、「褐色のサメ」という意味のマノー・ウラ(Mano 'ulaまたはlaukahi'u)と呼ばれている。背びれが黒いブラック・チップ・シャークやツマグロ(注30)などは、「黒いサメ」を意味するマノー・パーエレ(mano pa'ele)と呼ばれている。人喰いザメのジャンルにはいる獰猛なシュモク・ザメ、英名ハンマー・ヘッド・シャーク(注31)は、ハワイ語ではマノー・キヒキヒ(mano kihikihi)という。キヒキヒは「角がたくさんある」という意味。体長一八メートルにもなるホエール・シャーク(ジンベイザメ)(注32)はレレ・ワア(lele wa'a)と呼ばれているが、これは「移動するカヌー」を意味するハワイ語だ。
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注14:
James Cook/ジェームス・クック(1728年〜1779年)
イギリス海軍軍人、大航海時代を締めくくる探検航海家。リゾリューション号とディスカバリー号を率いた第三次探検航海中にハワイ諸島を発見した。1778年11月ケアラケクア湾に上陸。このとき、キャプテン・クックは島民からハワイの収穫の神「ロノ」として熱烈に迎えられた。翌年2月にヨーロッパまでの北西航路を発見すべくハワイ島を立ったが、嵐で傷んだ船を修理すべく再びケアラケクア湾に戻ったために、逆に殺されることになってしまった。1779年2月14日のことだった。キャプテン・クックはさまざまなものをハワイへ持ち込んだが、その当時ハワイアンたちが一番欲しがった品物は、釘やナイフ、銃などの鉄製品だった。後期石器時代を送っていたハワイアンは産業革命を経た西洋文明にさぞや驚愕したのだろう。
注15:
ホホジロザメの歯のナイフ。歯の大きさは幅3.7センチ、高さ4.5センチという巨大なもの。(ビショップ博物館所蔵)
注16:
重たいコアウッドで作られた戦闘用の棍棒。ホホジロザメの歯が21個埋め込まれている。(ビショップ博物館所蔵)
注17:グレイリーフシャークの歯をラウラウのヒモで編んで作った戦闘用の道具(メリケンパンチのように手に巻いて使った。(ビショップ博物館所蔵)
注18:
pahu hula/パフ・フラ
パフ・フラはタヒチからハワイへ持ち込まれたフラ・ドラムのひとつ。椰子の幹をくり抜いて作ったの胴の上部にイタチザメの干した皮を張ってある。現在使われているパフ・フラは高さ40〜60センチ。(ビショップ博物館所蔵)
注19:
ハワイアンがいつの日かサメの肉を食べなくなった理由には、こんな伝承が残されている。ハワイ島南部のカウ地区にある鄙びた平和な小さな村に両親と娘が住んでいた。ある朝のこと、娘は両親に最近よく見る夢の話を打ち明けた。恋人が海から現れて自分に会いに来るという娘の説明に青くなった両親は、絶対に夢の話を他人にしてはいけないと、その場で釘をさした。そのうちに娘が妊娠していることに気づき、娘の行為に驚き悲しんだが、娘が産んだ赤子を見てさらに驚かされた。娘は、ペレのいとこのケアリイカウ・オ・カウーというサメ神の子どもを産んだのだ。両親は母親になったばかりの娘に、赤子を早く海に戻すようにと、説得を試みた。最初は頑として聞かなかった若い母親は涙ながらにわが子を緑の海藻に包み、海に流した。お腹を傷めて産んだわが子を失い悲しみにくれる若い母親の事件はあっというまに近隣の村々に広がり、やがて、ハワイアンたちはサメの肉を食べなくなったという。
注20:
アリイ・ヌイ(大酋長)が儀式などの際に纏(まと)った、鳥の羽で編まれたマント。ホロパパにはサメの歯や背びれをモチーフした三角形、力の象徴のデザインがほどこされている。(ビショップ博物館所蔵)
注21:
長く入り組んだ入江を持つ美しいパールハーバー(真珠湾)は、長い丘という意味のハワイ語でプウロア(Pu'uloa)と呼ばれていた。ここは古くから絶好の漁場としてハワイアンたちの生活の場でもあった。そんな豊かな魚影を狙ってサメたちが出没していた。カアフパーハウ(Ka'ahupahau)というサメの女神は、パールハーバーの入江で生活する村人たちをサメの攻撃から守っていたという、伝説がある。
注22:
ハーラヴァ(halawa)溪谷はオアフ島の東部にに位置するパールハーバーの北西部、ワイパフ一帯の溪谷。
注23:
ホホジロザメ
学名:Carcharodon carcharias
英名:great white shark
ハワイ名:niuhi
体長4〜6メートル、体重500キロ〜3トン
ホホジロザメはネズミザメ科のサメで、サメのなかでも最も攻撃性が強く、興奮するとボートでも体当たりしてしまう。浅瀬には入ってこないが、島の沿岸周辺で海面近くを背ビレを出して泳いでいる。大食漢で身体の半分ほどの大きさのものなら何でも食べてしまう。ハワイではこのホホジロザメの被害は3例ある。しかし、悪役のイメージからシャークハントが行われたり、自然破壊の影響で、今では絶滅に瀕している種のひとつだ。
注24:
昔から伝わる秘伝によると、サメ釣りは、サメの骨で作った釣針に豚肉をつけ、カヌーで引っ張るトローリング方式で釣り上げていた。サメが掛かり、カヌーに引き上げるときは手や足を絶対に海中にいれてはいけないと、ニウヒは人喰いザメであることをいましめている。
注25:
ヤジブカ
学名:Carcharhinus plumbeus
英名:sandbar shark
ハワイ名:mano
ヤジブカはメジロザメ科のサメで、体長2〜3メートル。
注26:
クロトガリザメ
学名:Carcharhinus falciformis
英名:silky shark
ハワイ名:mano
クロトガリザメはメジロザメ科のサメで、体長2メートル、最大で3メートル。島の周辺の深さ15メートル〜500メートル海域に生息。
注27:
'aumakua/アウマクアは、先祖であり、一家の繁栄をもたらす守り神として、祭られている。アウマクアはインディアンのトーテムと同じ考え方で、ハワイではサメの他にもウツボやウナギ、鳥、犬、ゲッコー(ヤモリ)などがある。
注28:
カフマノー(kahu manu)
注29:
マオナガはオナガザメ科のサメ
学名:Alopias vulpinus
英名:thresher shark
ハワイ名:mano 'ula or laukahi'u
注30:
ツマグロはメジロザメ科のサメ
学名:Carcharhinus melanopterus
英名:blacktip reef shark
ハワイ名:mano pa'ele
注31:
アカシュモクザメはシュモクザメ科科のサメ
学名:Sphyrna lewini
英名:scalloped hammerhead
ハワイ名:mano kihikihi
注32:
ジンベイザメ
学名:Rhincodon typus
英名:whale shark
ハワイ名:lele wa'a
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投稿者 paraisotaka : 2007年09月18日 22:30
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