30年前のハワイ

2007年03月28日

1977年の正月はハワイのハレイワで迎えた。
川南 活と男二人の生活は毎日、それは、それは、すばらしいものであった(大笑)。
名目はパイオニアモス サーフボードのプロモーション活動であったが、ほとんどは、フィールドワーク(サーフィンですよ)に費やされた。
我々の住み家はハレイワのブレイクをしっかりと右手に見ることができて、ローカルからIPS(ASPの前身組織)の現役プロサーファーまではっきり確認する事が出来た。
元来ハレイワは公園から正面のブレイクチェックが普通だが、この家は、スウェルの入り方がはっき見える場所に位置し、今まで経験した事のないビューは新し物好きサーファーには刺激たっぷり。それでいてローカルが生活しているエリアでもあるから、落ち着いた静かなこの家をすぐに気に入った。
この家を捜してきたのは、ハレイワローカルに精通していた、テル大橋である。
ハワイ在住暦が長く、お世話になった日本人サーファーも多く、強烈なキャラクターは、インパクトがあり、一度会ったら忘れられない(コミックのパタリロそっくり、写真が見つからないので紹介は次回で)。
ノースショアのこの時期、なかなか良い風の条件でサーフする事が難しい。
コナウインドのオンショアはここ、ハレイワも例外でなく、最悪の条件である。そんな日は、すかさず陸風のマカハへ向かう。一度ノースがだめで、三人でマカハに行った。オフショアの海面、燦々と降り注ぐ太陽、遥か沖で割れる波。絶好のサーフィン日和、やるしかないとパドルアウト。そして初めてわかった波のサイズ!有名なマカハボールが割れていた。やっちゃった!と思ったが時すでに遅し。
覚えたてのダックダイブを繰り出すも、何の役にも立たず(ボードの長さも足りなかった)、水中深く引きずり込まれ、マカハの神様の洗礼を受けるのだ(ここはチョット見いけそうに思ってしまう)。
軽い気持ちで入ってしまった事の反省会を、すでに暗くなった帰りの車中で、言葉少なに行った事を覚えている。

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ハレイワハウス。他の日本人ティームはワイメアからサンセットにベースを置いたが、我々は人里離れ、ローカルコミュニケーションを楽しんだ。


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ヘルメットを付けておどける、川南 活。このヘルメットは、津田 明による、ワイメアブレイクのサウンド収録用に特別造られた、集音マイク付きのもの(この音はまだ巷で手に入るのかな?)、凄い企画をしたものだ。ちなみにサーフボードは、善家 誠のもの。


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コメント

投稿者 石黒広作 : 2007年03月28日 13:03

出川さん、こんにちは!

三十年前のお写真、ありがとうございます。

サントリーのお酒の宣伝でold is new(古きは新しい)というのがありましたが、どの写真もが新鮮で、その時代に引き戻される心地良さと安らぎを感じます。写真の中に封印された普遍的な魅力や味を感じることも出来ました。

当時、僕は高校生で雑誌のポパイとチェックメイト、そして近所(目白)にあった大野薫さんのカフェバーにいってはサーフマガジンとサーフインワールドを購入して、その魅力的な世界に感動していました。

津田明さんは、ポパイのPoP Eye's Forumで何回も拝見した事がありますが、ページは全て白黒。今回のお写真で氏のかぶるヘルメットが赤であった事も知る事が出来ました。大きなテープレコーダーを背負ってのヘルメット姿を思い出したら、なぜか、映画Five Summer Storiesでコーキー・キャロルの同じくヘルメット姿が頭に浮かびました。

ひとつ言えることは、その時にその場所に居たという事実は出川さんの言うムーブメントを出川さんと大勢の方々が体感して来たという事です。残されたメディアでしか、知ることが出来ないのは僕としては残念です。味わう意味合いがその時点で違いますので・・・

ありがとうございました。

投稿者 池田潤 : 2007年03月28日 18:34

アロハ
池田潤です。
現在、サーファーブログ界のナンバーワンブロガーは出川さんですね。
よろしければ是非リンクお願いいたします。

このブログに早速リンクはらせていただきます。何か問題ありましたら御連絡ください。
よろしくお願いいたします。

投稿者 tatsumasa : 2007年03月28日 19:19

30年以上前からカッチャンはそのまんまですね。
うちにミッチャンの昔乗ってた?
白いベンツの写真あったような気がする。
最近親父は年とり過ぎで元気ないみたいです。遊んであげてください。

投稿者 でがわ : 2007年03月28日 19:35

そう言えば、コーキーキャロールが、パイプ滑りながら、しゃべるのあったね、面白いから、皆さんもFSS 要チェックですな。

投稿者 degawa : 2007年03月29日 07:27

池田様、ナットヤングとお宅で、イマジン熱唱したのが、はるか昔に感じますね。デビットがなごり雪、たくじ何歌ってた?

投稿者 degawa : 2007年03月29日 07:30

tatsumasa様最近お宅の、オトッツアンと遊んでないね、連絡しまーす。

投稿者 川南 活 : 2007年03月30日 21:58

マカハのあの時、ドロフィンをビシッと決めて水面にでたらブレイクのまえにでちゃて、大分まかれましたね。そーそー、この前、マカハの隆盛ちゃんと駅でバッタリ会いました。
吉沢ムービー、みたいですね。

投稿者 degawa : 2007年03月31日 16:22

川南様ご無沙汰しております。春に計画していたツアーは、継続です。今しばらくお待ちくださいませ。

投稿者 laulau : 2007年08月08日 16:34

出川様川南様お元気ですか?それから冷蔵庫の調子はいかがでしょうか。まただれかをはめましょう        teru

投稿者 でがわ : 2007年08月08日 21:02

テル様。お元気ですか、先日峰が原で、川南のボンとサーフィンしました。相変わらずで、40年前から進化の後が見られません。全くあいつは何を食って生きているのか、、、、、はいっ、人を食って生きてるのでした(笑)

投稿者 いしぐろ : 2007年10月17日 23:39

出川さん、こんばんわ!

根っからのサーファーは大きな波を求めて止まない。そして、異国へ旅立つ。

「サーフィン禁止令」で思い立ったのがこのお題。

メチャクチャ、カッコイイ川南活氏。大きな波を自由自在に楽しめる方々は違う。

根っからのサーファーの方々が楽しみにしている大きな波を奪って、意味があるのでしょうか?

困った問題です。

ありがとうございました。