思いで深いパイナップル

2007年06月21日

今日、石垣島からパイナップルが届いた。
ハワイ産に比べ小ぶりだが、匂いと甘みに関しては、文句なく石垣産の勝ちである
食べごろを迎えるまで、二日三日はお預けであるが、我が家は早くも、甘酸っぱいパイナップルの香りでいっぱいだ。
このパイナップル、会員制全国グルメネットワークから届いた訳ではなく、石垣在住の友人から送られてきた物、正確には友人のカミさんからと言った方が正しい。

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彼をはじめて見たのは、稲村ケ崎のインサイドブレク、台風のスウェルの入り始めである。レールをガッツリ波の斜面に入れて、ドロップして行く姿が印象的だった。この時のセッション以来、どこへサーフィン行くのにも一緒だった。以前KOOKsでも紹介した、種子島のサーフトリップに連れてった、矢野一成(アーカイブをチェックして)。
日本のサーフメディアには登場しなかったが、東海大学の海洋学部を経て、後に海洋学博士として内外で活躍した。彼の研究分野がサメの生態調査だったので、我々は彼を”サメ博士 ”と呼び尊敬していた。


内外の研究機関に忙しく出入りする傍ら、サーフィンをやめた事が無い。サンディエゴのスクリプス海洋研究所では、研究室にサーフボードを置いて、波が良いと目の前の海に飛び込む、根っからのサーファー。以前酒を酌みかわしながら、彼に近況を聞いた事が有る。「出川さん、研究者って机の上でしのぎを削って論文書いているけど、現場はからっきしだっ、だから俺は現場主義で行くよ!」言葉の通り彼は、サメに接近しての撮影や、生態調査用の小型発信機をサメに付けたり、アクティブな調査のレポートが内外から注目されたのだ。


そんな彼が、体の異変に気付いたのが一昨年の冬。
検査の結果脳腫瘍とわかった。詳しい検査のため、石垣島から都内の病院通いが始まる。ガンの進行状態はこの時すでに手遅れであったが、わずかな望みを掛けてオペに挑んだ。18時間にも及んだ手術は壮絶であった。その後は住まいのある石垣島へ戻り、リハビリとやりかけの論文の整理にと忙しい毎日を送るのだが、このやっかいな病気が、再び彼の体の中で暴れ始め、昨年の4月4日に、帰らぬ人となってしまった。

石垣から届いた、夏の香りの便り。無類の酒好きであった親友の矢野一成。それじゃー今宵はこの”パイナップル ”をつまみに一杯やるか!(大笑)

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コメント

投稿者 Balihigh : 2007年06月21日 20:46

今日は書き込みありがとうございました。

投稿者 TonTon : 2007年06月22日 14:52

私の兄も7年前に脳腫瘍で亡くなりました。
生前出川さんにボードをシェープしてもらっていたそうです。
入院中に外出許可が出て、我が家(鵠沼海岸)まで車で連れてきた際に貴兄にお会いしたいと申しておりましたが、体調が悪く願いませんでした。
兄がシェープしていただいたボードは友人宅に預けてあったようで行方不明ですが、私も一度は乗りたいと思っております。
Kooksの80~90年代の話は兄貴を思い出しながら読まさせていただいております。

投稿者 でがわ : 2007年06月23日 10:55

tonton様
誰でも、さけて通れない事だけど、若くて、これからって奴は、残念でしょうがない。その分残された奴らで、やるしかないですね。

投稿者 TonTon : 2007年06月25日 09:45

ご返事ありがとうございます。
因みに兄はドウノタカシと申します。