75年ハンティントン
2007年05月21日エッ!あれから32年が経っちゃったの、と言う事が最近多くなった。
しょうがないです、月日が経つのだけは、どーする事も出来ませんからね。
写真は、当時共同経営をしていた、パイオニアモスサーフボードのパートナー、田沼進三と出かけた、カリフォルニアは、ハンティントンでのショットです。
まだ世界のサーフィンのすべてがカリフォルニアを中心に回っていた頃(未だにここが中心ですがね)。
文化的雰囲気が海辺の街には、色濃くあふれ、サーファーの特異性が良い意味で、注目されているときでもあった。
その中でもここハンティントンはカリフォルニアのサーフィンを良いも悪くも、代表するポイントであった。
サンタモニカを中心に北は、マリブに代表される、ちょっぴりハイソな香り漂う、クラシックなポイント。それに南に目を向ければ、住宅地背負い、ハーモサやレドンドビーチがあり、それからさらに憧れのPCH(パシフィック コースト ハイウエイ)を下り、ロングビーチあたりを過ぎたころからは、一転して生活のにおいが、それも重工業のプラントが立ち並ぶようになり、始めての人にはちょっぴりカリフォルニアドリーミンを砕く事になる(この時は二度目、最初は川井幹夫、ドジ井坂と72年の世界大会の時に訪れ、こんな気持ちになった)。
しかし、よくよく考えてみるとこうしたプロダクトの成功こそが、アメリカンドリームの象徴だなんて、思いながら、車を走らせていると、やがて広い海岸線に出ると、ビーチから海に向かって突き出た、あの有名なハンティントンピアーが視界に飛び込んでくるのだ。ここは、閉鎖的ローカリズムとは無縁なサーフポイントだ。サーフシティーと自ら名乗り、真夏のハイシーズンともなれば、モーテルはビジターで一杯になり、レンタルボードでサーフィン初体験組、いわゆる”KOOKs”でごった返す。この頃からサーフショップが立ち並び、活気あるサーフィンビジネスが展開されていた。カスタムトランクスの老舗、キャンバスバイケイティン主催のテームチャレンジや、USオープンのようなメジャー規模のサーフィン大会が開催されるなど、サーフィンが地域のビジネスになりうる事を証明した場所でもあるのです。
のんびり自然派には、空気が合わないかもしれないが、サーフィンを始めたなら、一度訪れる事を御勧めします。今では、サーフィンウェアーで大成功を納めたQ社もこの近くに倉庫を構え、コカ・コーラに勝るとも劣らない勢いで(笑)全世界に向けて商品がデリバリーされる。言わばサーフィン界のメッカです。
7月にはサーフテック社のディーラーズ会議がハンティングトンであると言うので、私も参加の予定ですが、なにぶん人ごみが苦手なもので・・・今から精神的なトレーニングが必要!と思っています(笑)。
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インフィニティーサーフショップの隣、みえますか?プラスティックファンタスティックのサインが。


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コメント
投稿者 いしぐろ : 2007年05月22日 00:34
出川さん、こんばんわ!
僕が即座に思いついた作品名は「Pleasure is my business !」です。僕なりに奥の深い意味を持って付けてみました。ホント、見ているだけで、1975年に吸い込まれそうになりますね。僕が憧れる時代に出川さんは「その場所」に居る。故に憧れは増すばかり、最高です。
Plastic Fanastic SURFBOARDSはINFINITYとGREEK SURFBOARDSの間にあるショップ。当時のPlastic Fantasitcの看板ウエットはBODY GLOVE。そして、INFINITYの看板はPRIMO。
GREEK SURFBOARDSのお隣にはカクテルバー、奥のレンガで出来た二階建てビルの中二階に掛けられた黄色い四角形の看板はHang Tenですね。
1.平日はお題で、お勉強。
2.自分なりに研究して、好き勝手にコメント。
3.週末はお店で出川さんからの直接講義。
4.耳をダンボにして聞き、質問。その場で考える。
5.答えが出て、納得!
問題は波乗り、上手くなりたい!!!
ありがとうございました。
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