パタゴニア御一行様来日、93年
2007年03月19日パタゴニアが本格的に日本マーケットへの、リサーチを兼ねたプロモーションツアーを開始したのが93年の秋。それは、かねてから親交のあった、ミッキー・ムニオスからの電話コールに始まった。パタゴニアのストアー兼ヘッドオフィスを鎌倉(目白から)に移したいので協力して欲しいというものだった。そのミッキー・ムニオスの初来日は75年の冬。当時、パイオニアモスサーフボードの招きで、サーフボードデザインのあれやこれやと伝授を受けたり、九州、四国とサーフトリップにと出かけたり、はては、上越まで足を伸ばし、スキーに興じたり(ミッキーはサーフボードはもちろん、スキーの板まで持参)と、遊び方(笑)を教わった。
そんなミッキーからの電話(そー言えばこのころ、まだメールはなかった)。「友人のイボン・シュナイド(パタゴニアのファンダー)が鎌倉のロケーションリサーチをしているので協力してくれ」との事(イエッサーッ!)。早速パタゴニア日本支社長から連絡があり、私が用意した鎌倉山に、図面を持って当時の支社長と二人で出かけた。鎌倉山の南斜面七里ケ浜を一望する景色は、西に富士山、又東は朝日をさえぎるものは何もなく、サーファーなら誰でもが夢見るロケーション。ただ一つの問題は駅から遠いので、スタッフの通勤大丈夫ですかと訪ねると、自転車を使えば問題ないと言っていたのを覚えている。結局この場所の提案は流れ、現在の鎌倉駅に近い場所に落ち着くことになった。(もしこの場所にあったら今と違うインパクトがあった事だろう)。それからしばらくして、パタゴニア創始イボン・シュナイド率いるサーフレジェンドたちによる、日本サーフィン見聞録が行われた。送られてきたメンバーのレジェンドサーファーの顔ぶれは、これでもかっ!て声が聞こえて来るほど凄かった。ジョーイ・キャベル、ミッキー・ムニオス、レラ・サン。私がサーフィンに出会ってから、ずっとリスペクを忘れなかったメンバーとのサーフトリップ。いささかストーク気味でサーフィンしまくり。このツアーの本来の目的、サーフライダーファンデーションの概念を伝える事をすっかり忘れてしまったのだ。ごめんなさい!
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イボン・シュナイド&ミッキー・ムニオス。クライミングのレジェンドとサーフィンのレジェンド。シチエーションの違いこそあるが、そこは極めるもの同士、道具にたいしての深い探究心は変わらない。
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サーフィンセッションが終えての、ビーチキャンプ準備。愛犬シシ丸(すでに他界)もこのツアーに参加エンジョイしていました。
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一日の終わり。満足感あふれる時間帯、満点の星空のもと、アルコールの酔いと、程よい固さの砂のベッドで知らぬ間に、就寝。


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コメント
投稿者 石黒広作 : 2007年03月20日 01:31
出川さん、おはようございます!
感動しました!
出川さんの人脈、正にアメリカ流儀なold boys networkそのもの、う~んんん・・・凄い・・・
僕は出川さんがミッキー・ムニオス氏とどのようにしてお知り合いになられたのは存じ上げませんが、間違いなく出川さんの波乗りに対する姿勢、考え方は日本人にして、その人間性に自国のアメリカ人にいないほどの熱意を感じ取ったのだと思います。ある意味、その当時のアメリカ人の方が今よりも、暖かく家庭的であったのでしょう。
パタゴニアが横浜に日本支社を構えていた頃、既に大きなプロジエクトに参加されていた事も大変興味深い話ですね。出川さんが提案する鎌倉山に日本支社があったら? パタゴニアン(アメリカ的に考えれば)であれば、鎌倉山で間違い無いと思います。
但し、ここは日本。アウトドア・ビジネスの路面店を成功させることは二十年以上のリサーチでも見えて来ない、それは日本人が頑固にして、外人を信頼しないところにあると思います。過去において、L.L.Beanしかり、パタゴニアにおいても出入りを繰り返えしたのも信頼性と方向性の問題があったからだと思います。
ミッキー・ムニオス氏が出川さんに頼まれたのも大正解だと思います。ミッキー・ムニオス氏はロケーシヨンとは別に、出川さんが成功の鍵を握っていると確信したからです。最近では、西海岸のアウトドアの老舗R.E.I.が東京都下にやり過ぎなまでの本チャン物のお出店(そのまんま、シアトル)をしたものの即撤退!パタゴニアが日本で成功したのもold boys networkのget goingな心で鎌倉とVentura,Ca.を結んだと思います。
興味深いお話、ありがとうございました。
投稿者 y shima : 2007年03月20日 02:04
出川さん、こんにちは島です、いつもブログ興味深く拝見しています。
出川さんは覚えていないと思いますが、写真のムニオスの板、今でも私がしっかりと保管しています。その板はそれまでショートしか知らなかった私に強烈なインパクトを与え、それ以来波を追う視界が広り目線も変化したことを今でもはっきりと覚えています。シェイパーの存在って偉大ですね!(一度ミッキーさんにお会いしてみたいです。)
もちろん出川さんシェープの板は今でも私にインパクトを与えつづけ、サーフィンにずっぽりはまってしまた私は抜け出すことができません。
投稿者 でがわ : 2007年03月22日 11:05
島さん、ミッキーが参加したとき、いませんでしたっけ。
投稿者 y shima : 2007年03月23日 00:33
私がクラブコンテストに参加させていただいたのは1999年です、残念ながらミッキーさん参加されておりませんでした。でもスティーマレーンの波にのれるなんて今思い出しても興奮します。
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