名門サーフィンクラブ ”鴨川ドルフィンズ”

2011年07月27日

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1966年 第一回全日本サーフィン大会の優勝クラブ 鴨川ドルフィンズの面々。

写真中央に優勝の立役者 川井幹夫。右隣は日本サーフィン連盟創設者の一人で、CHPのファンダー、中村一己(故人)も、このクラブを語る上では、外せない一人である。

日本サーフィン連盟が発足し、初めての大会は、今では伝説となった鴨川赤堤で行われ、当時は個人より、クラブの威信をかけて、争った記憶がある。

私は予選敗退、と、言うより、初めての大会で頭真っ白、波に乗ったか、どうかも、わからないままの結果でした。

千葉ではこの”鴨川ドルフィンズ”。一方湘南では、佐賀兄弟を中心とする、”サーフィンシャークス”が60年代初頭の、日本のサーフシーンを形成していた。

ドルフィンズの川井幹夫は、永遠のコンペティター、と、当時から称されほどの試合巧者で、モダンサーフィンをいち早く取り入れたのも川井である。

佐賀兄弟の末っ子、佐賀直人は、湘南らしい優雅でパワフルなライディングで、周りから一目置かれる存在であった。

ローカルのサーフクラブには、こうしたスターダムが必ず存在し、各クラブが互いに切磋琢磨し、しのぎを削っていたのだ。

その後、鴨川のメンバーとの交流が始まったのが、67年大会、68年大会を通じて親交はさらに深まっていった。


68年、免許を取って、出かけた鴨川赤堤、川井幹夫。川名孝夫(写真中央上)野村明の3名に、

鎌倉からは、私に、金吾安則。川南活。折からの台風うねりを、ノーリーシュ、セッション、後先考えず力尽きるまでサーフィン。

その晩は、川名孝夫宅に、翌日もうねりが落ちず連泊させてもらった。今振り返っても最高メンバーと、最高の時間を共有できた。

千葉で初めてサーフィンした場所”赤堤”日本のサーフシーンをと共に、私の記憶の中に、鴨川ドルフィンズへの尊敬は永遠なのだ。


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