古文書
2007年12月26日なんて大げさな物ではないが、1967年の6月22日(木曜日)の日刊スポーツに乗っていた私の先輩、千葉は鴨川のパイオニアサーファーかな?、いやっ、彼こそ、レジェンドサーファーの、川井幹夫大先生を発見!当時私は17才の高校2年生、勉学そっちのけでサーフィンにどっぷりの時(もっとも勉学はからっきしでしたが 笑)。先生は既に日本を代表する雲の上の存在で、我々小僧達の遊び場、鎌倉かいわいにもその名は轟きわたっていた。
いずれノックアウトしてやる、今に見ていろ、と思ったかどうかは定かでないが、鎌倉サーフキッズにとっての目標でもあり、コンペティションの嫌な敵でもあった。この日刊スポーツの連載のテクニック ティップ(当時は気がつかなかった 新聞見る暇もなく海に通ってたからね)。タイトルが”レッツゴーサーフィン”本日のお題は、ハングファイブ、図解のハウツーまでが乗った親切なもの。今の雑誌掲載のハウツーより遥かにロジステックで分かりやすいので驚きだ(笑)。
それにしても今となっては貴重な、こんな新聞の切り抜きスクラップを保存しているとは!
今、私は、日本のサーフィンの始まりに興味を持ち、60年代半ばに湘南と千葉、東京に自然発生的に出来た、サーフィンの地域クラブの活動を通じて、検証中である。先日も湘南でも歴史有る、サーフィンクラブ、大磯ビックウエーバーズの石渡さん(NSAの設立に御人力された方の一人)にインタビュを取らせていただいた。そのときお借りした古いサーフィンの洋雑誌に挟んであったのがこれだ。川井幹夫監修のハウツー。いやー浦島太郎が竜宮城から持ち帰った、玉手箱を開けた様な不思議な気分(勝手な想像ですが 笑)。日本のサーフィン始まり始まり物語でもやりますか?、実は今やっている所です(笑)、これが実?に大変、時代考証の確認や、写真がいつの物かなどの鑑定やら、やっかいこの上ないのです、しかし、さすがは新聞しっかり日付が記載されていた、あたりまえか?


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コメント
投稿者 海人21面相 : 2007年12月26日 05:32
出川氏へ
大変な作業ですね、私も3年前タウン誌の協力のもとローカル地域のサーフィン史なるものをつくりましたが我々の地域は5年遅れの70年が始まりでした。
しかし歴史とか文化最低50年近くはかかるわけで、
言葉でゆう半世紀ですかね、私は文化って振り向いたらできているものだと常ずね思っています。
サーフィンもサーフィン文化になってきたのですかネ!昔はサーフボードを作るにしても買うにしても探していた時代今はあたえられる時代、探していた時代っていいですね、掲載の新聞もそうですがイキイキ
していますよネ!出川氏も大変でしようが伝えていく
責任もあるのでガンバッテください。
文化に関して私のblog 「海人21面相」で検索してみてください京都番外編でかいてあります。たぶん歴史ある鎌倉人ならりかいしていただけるはずです。
京都人は今でも都は東京じぁーなく京都とおもっています。ハハハ本当!(元、京都人)
投稿者 でがわ : 2007年12月27日 10:03
海神様。
責任ですか?嫌なお言葉(笑)。これは大げさに言えば、ルーツへの旅です、私がどこから来て、どこへ向かっているのか知りたくなっただけ、ちょっぴりそんな気分なだけです。住めば都。私は東京ではなく鎌倉が都だと思っていますよ(笑)。
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