72年世界大会
2011年05月14日ついこの間のように感じる、サンディエゴの世界大会、とんでもない歳月が経ってしまった。
ミキオ、ドジ、私とで、出かけた、当時為替が1ドル360円の、それはそれは、貧しい海外遠征(笑)
だって、日本食屋でカツ丼が、一杯5ドルだぜ!
車借りるったって、モーテル泊まるったって、バーガー食うったーて、大変(笑)
それでも行きたかった、世界の舞台、エネルギー、はちきれていたからね。
そんな72年の世界大会。オーシャンサイドからPBまで会場を移しながらのイベントに、毎回振り回されながら、ついて回った。
決勝は小さい波のOBピアー脇で、先日亡くなった、ジミー・ブレーアーの勝利で終わった。
写真のマイクを持った人が、大会のMC、プロレス界でも名を馳せたロード・ブレーアー、優勝したジミーのお父さんである。
親日家で、力道山とリングで戦っていた事が自慢で、捕まると、いつもその話をする、リタイヤ後はサーフィン大会の名物MCとして、人気があった。
このときは息子の優勝で、マイクを通して流れてくる声も高らかだった。
ビーチはギャラリーで埋め尽くされ、車を止めるのにも一苦労、ピアーにはTV カメラまで入り、人、人、人。
サーフィンが、新しいライフスタイルの道筋をつくり始めたころ、いい香りをたっぷり放っていた、それはそれは、よか時代、
良い事も、悪い事も、この時どっさり持ち帰った記憶がある(笑)
P.S
パワーコードもこの時、初めて使った。ショックコードに皮のベルトを足に付けるもの、ギューンとのびきった反動から、すごいスピードで戻ってくる!
うかつに海面に顔を出そうものなら・・・何度もヒットした!(スワローテールは特にやばい!)今でも腕で防御しながら、海面に顔を出す癖は、この時身に付いたものだ(笑)。


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コメント
投稿者 いしぐろ : 2011年05月18日 00:15
ご無沙汰しています。
映画ビッグ・ウエンズデイ、桟橋で板の巻きに取り掛かるベア。
鰹と平目を掲げて"I was there!"と頷く惚けた釣りオヤジ。
出川さんもサンディエゴで"I was there!"してたんですね。
南からの巨大ウネリは残念ながらオーシャンサイドに届かず。
ハワイのジミーはSunshine surfshopのFresh Fishで優勝。
二位のデビットはローカルにフィッシュを盗まれ、折られ・・・
サーフマガジンはジミーの優勝写真を掲載しない差別、時代だ。
1972年に映画ファイブ・サマー・ストーリーズが劇場公開。
とんでもない最高な時代、やっぱ"I was there!"に尽きる。
ありがとうございました。
投稿者 でがわ : 2011年05月18日 05:44
石黒様。すべてがショックで変化の時代でした。この年の冬、ノースショアーで初めて、組織されたプロのサーフィン大会(IPS)が開催された。キラキラしたキャラクターが沢山いた、黄金時代、70年代の幕開けでしたね。
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