NPSA発会式

2007年02月20日

日本プロサーフィン連盟

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発足の立ち上げメンバーと司会者の写真です、日本のプロサーファーのオーガナイズという、大役を当時、右も左も分からない僕らが、発起人となって幕を開けてしまいました。

1978年4月8日、場所はヒルトンホテル。これはプレスカンファレンス直後のショットですが、今改めて見ると慣れない記者会見から、解放されてほっとした様子が伺い知れます。
左から長沼一仁川井幹雄、それから私、出川三千男、司会は小島一慶小川秀之、阿部川芳夫、小林正明、なぜか小室のマーボーがいません(トイレかも)。

当時まだ現役でバリバリのサーファーが、コンペを退き、プロサーフィン大会の運営をするという大変さは、このときはまだ誰も良く理解出来てなかった。そして、いざフタが開くと、事務局は各人の自宅(伴侶のヘルプなしでは無理!)で持ち回り、運営費、賞金は持ち出し(もちろん理解あるスポンサーもいました)、それから大会機材、主にテント、椅子なども各人のショップや家で管理するはめになる、前途多難なる幕開け。なぜこうなったかと申しますと、NSA(日本サーフィン連盟)のプロ部門が必要となり、我々歴代の全日本優勝者に白羽の矢が立ったのだ。世界的にもプロサーフィンの興行が必要になり始めたこの時期(サーフィンがビジネスになると判断があった)、すでにもう一つのサーフィン運営団体JSOがプロ大会開催をスタートさせていた。その対抗馬として我ら現役勇士が、NPSAを発足し、ぶつかる格好となった。その後両団体は合併し一つとなる、これが今のJPSAである。

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28年前の写真。エネルギーありましたねっ!まだ現役でバリバリ通用する皆さん。大会会場では皆で重いテントを運び、セッティングまでやっていました。長沼は、この僕らの働きぶりを見て、”テント張り ”と笑いながら、一緒に設営していたのを思い出します。NPSA初代理事長、小川秀之は、“しょうがないでしょ ”(彼の口癖)と言いながら、長きに渡り、この団体の舵取りをしていた。残念な事にすでに他界してしまいました。

昨年まで理事として残っていた、私も川井も、お役御免となりました。日本のサーフィンがこれから何処へ向かおうとしているのか誰にも分かりません。(始まりは分かりますが)船が大きくなった分、舵取りが容易で無い事は想像出来ます。

 Bon Voyage!

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コメント

投稿者 石黒広作 : 2007年02月20日 13:39

出川さん、こんにちは!

タキシイード姿がカッコイイですね。当時、パーティーには必ずラビットやシヨーン・トムソン等もタキシード姿で登場していたのを思い出しました。雰囲気のある時代を感じます。
エピソードを交えて歴史的(勿論、日本の)に波乗りのお勉強が出来るのも嬉しいです。クークスならではの楽しみだと思います。

貴重なお写真、本当にありがとうございました。

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