おとなりさん
2007年04月23日
なつかしのドロップアウト、オールドショップ前で、これ又なつかしの?スリムな”マメ”さんこと増田昌章に、(このマメさん今はデッカくなりましたよ 笑)『七里ガ浜』を差し入れたときの、ツーショットです。
今では134号線沿い、稲村が崎のブレイクを見渡せる絶景の場所に移ったドロップアウトも、かつては、江の電七里ケ浜駅から北側へ歩いてすぐの所、閑静な住宅街の入り口に位置し、何とものんびり、いい感じでお店を開いていた。その斜め前には道路を挟んで、これ又134号線に移転してしまった、ノーブランドのお店が有って、どちらも、その大きさにおいては負けず劣らずのスケールを競っていた(笑)。
ドロップアウトの方が少し大きかったが、トイレは無し。ノーブランドは4坪程度、が、しかし、こちらはトイレ付き。ドロップアウトは天井が高くロングボードも立てて置けたが、ノーブランドは天井が低く、ロングボード横置き3段重ねが目一杯、いずれにしても双方小さな小屋のようなお店であった。まだ、このあたりのんびりしていた時代、住民の生活も、どこか、おおらかさの残る七里ケ浜コミニティー。路駐は当たり前、波のある日は、お店に人が入りきらず外で待機、果てはビール片手に盛り上がることもしばしば。
この日は我がノーブランドが一足早く、缶ビールのふたを開けて宴会開始。第二ステージの日本酒へと行きかけたところ、おとなりさんにも、お裾分けと、この時のマイブームだった七里ガ浜を持参。まっ一杯やんなよ~攻撃をかけた所です。マメさんに進めた駆けつけ三杯、水でも飲むように飲み干した所までは覚えていますが、その後私の記憶は有りません。それもそのはず、この男は”ざる”だったのです!
彼をはじめて見たのが、千葉の新官、オーバーヘッドの波を背にしたスムーズなサーフィンに非凡な物を感じた。すぐに頭角を表したが、その自由なサーフィンスタイルは競技にとどまらず、その後、世界各地を転々としながら良い波を求めた旅がつづく。彼こそ本物のフリーライダーである(増田昌章は、80年代、ドロップアウトサーフボードのトップライダーとして、今は亡き小川秀之を支えた)。
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コメント
投稿者 いしぐろ : 2007年04月25日 01:01
出川さん、おはようございます!
お題の「おとなりさん」と「続・おとなりさん」は出川さんとお会いする二年程前なので、リアルタイムで理解出来て嬉しいです。
ドロップアウトはパステル調の可愛らしいお店でしたね。右側に扉が一つ、そしてハメ込みの大きな窓。お店の中に入って上を見ると吹き抜け状態だったと思います。まるでレゴで作ったみたいなお店で正統なshopだと言えると思います。
出川さんお店はwoodyな感じがする西海岸のサンフランシスコにでも在りそうなクラシックなお店だと僕は思います。一歩中に入ると即柱があり、僕みたいな他所モンは「前方確認」をする必要がありました。ジム・フィリップス氏の小ぶりの原画が数枚、何気に掛けてあつたのもティストがあって最高でした。忘れてはいけないのがメチャ渋い楕円形の看板が軽くライトアップされる夕暮れ時、鎌倉を肌で感じました。これこそ、僕は出川さんに感謝すべき事だと思います。
ライフ・スタイルなんだなぁ。
ありがとうございました。
投稿者 マーボー : 2007年04月27日 17:34
出川さん
ども!ドロップアウトの外人二人組みのデカイ方です。マメさんの写真超懐かしいです。Bubblegum Waxのバナーが店内に見えますね、マメさんの傍らにはビーグルの「小マメ」もいますねー。いつも夕方になるとビーバーさんの店先に繋がれてたっけ。
最高な時代でしたね。懐かしい写真これからも楽しみにしています。
投稿者 でがわ : 2007年04月29日 10:14
マーボーさん、懐かしいでしょ、マメがドロップアウトで仕事していた時、給料が入ると全部飲んじゃうからって、死んだエドがあきれて、強制的に銀行口座作って、預かるって、言ってましたっけ。
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