マリブの貴公子ランス・カーソン
2008年01月16日94年に来日した、マリブの貴公子ランス・カーソン。
来日したと言うよりは、連れ出したと言った方が正しい。
この60年代のサーフヒーローに初めて会えたのが、91年かな?(ちゃんと調べておきます)鎌倉のローカルで、当時サンディエゴ州立大学、留学中の図越のセッティングで、このエリアのステッカーやサーフボードに入れるディケールを一手に制作してる会社、スーパースクリーンだった。
結構神経質だと聞いていたが、会えば、そこはサーファー、共通するものがあるので話が早い。早速マリブで一緒にサーフィンする事で盛り上がった。
ランスと言えばマリブ。
他のポイントでサーフする彼がイメージ出来ないほど、何か使命感みたいな、ローカル本能を感じた。良く取れば古典的なサーファー像のはっきりしている人。
60年代からサーフボードのコンセプトを変えようとしない頑固な所は、小生の様な何でも興味を持ってしまう、優柔不断人間が見習わなくてはならないところである(笑)。
そんな、マリブの、いや、60年代のモダンサーフィンのカリスマを、無謀にも鎌倉招待話が持ち上がったのだ。
それと言うのも、あまりにランス先生が日本のサーフィン事情をお分かりでないため、是非とお誘いしたが、これが大変、飛行機がお嫌いであった。まっ、私も嫌いですがね・・・そこをなんとか、お頼みして、まずはパスポートを取得して・・・日付変更線がある事を説明して、絶対成田までお迎えに上がるから、など等丁寧な説明に、重い腰が上がった!
て、どんな毎日だったのかはつづく・・・
写真は今は無い、七里ケ浜正面のレストラン、J.Jモンクス。
そしてトップの写真は、以前、花上次郎がサーフィン漬けの生活を送った、江ノ島を一望出来る、たまり場権自宅の庭にておどけるランス・カーソン。
ランスのゴージャスなコレクションはこちらからご覧下さい。


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