サーファー

強い味方

先週末は、天気も良く、ちっこかったけど波もあり、良いバイブスが流れる七里が浜界隈。 ブルーホライゾンでは、女子群主導の”ビーチパーティー”なるイベントが開催され、凄い盛り上がっリに男性陣は終始たじたじ。 そんな雰囲気を尻目に、我関せず、せっ...

ラッパの音

通称マーボー、近頃の人は、MABOというらしい、小室正則、と、いう男。 60年代はコンペシーン、ビジネスの場でも、カラフルなキャラクターが見る者をひとときたりとも、飽きさせる事はなかった。 ビックマウス、ホラマサ、マーちゃん節、の俗称を持ち...

96年8月16日

楽しい事はいいことだ~、本当に本当にいい事だ。 ましてや、大好きなサーフィンの環境下。 尊敬し、見上げてきた、憧れのサーファーに会って、握手をし、自分の想いを伝える、 そんな瞬間、興奮せずにはいられない。私のサーフィン人生にとって、至福の...

キャルティー

わかる人はわかるけど、わからない人にはわからない。 そんジャーちょいと軽い説明。ちまたは" California T-shirt"を略してこーよんでいた。 70年代終わり、サーフィンのプロフェッショナルリズムが、まだ、よちよち歩きの頃、南ラ...

最後の年

プワ~、ホーンが鳴ってから、15分、20分、25分、30分、予選から勝ち上がるに、連れて、持ち時間が長くなる。 勝ち上がるに連れて、相手が手強くなる。波が良い間隔で入ってくれば、周りを気にする事なく、おのれのパフォーマンスを信じて、波に乗...

Micky Munoz

改めてびっくり!この写真35年も前の~、やれたアルバムを母が出してきた。 ミッキーに始めてあってから、既に38年の月日が流れてたとは、、、、、、 ...

サーフィンシンポジューム

免許を取って、自身の運転で、初めてのサーフトリップは、今はテトラでつぶされちゃった、鴨川の赤堤、1966年にはじめて訪れた(第1回全日本サーフィン大会会場)伝説のサーフスポットだった。 ...

銀座ローカル

ここどこだ? ハットリの前、新装開店したばかりのデパ前、シェーシェー飛び交う、こんな時代でも元気なエリヤ。 ネオンがともり始めると、町並みは一転、和服の女将や、おねーさんで、忙しくなる。 波乗りと同じぐらい、アドレナリンが吹き出してしまう...

なんだと思ってんだー!

色の事です、小生のイメージの中にはなかった、色使い、最近女性の方が好んで使う、パターンでもある。 3ストリンガー、ボランクロスのロングに始まり、ソリッドなピグメントカラーな70年代、そしてインサイドカラー、サイケで怪しげな、きったない、エ...

真っ黒!!!

寒いっす!ちょっと飽きました、この天気。(本日はちょっと良いけど・・・) まっ春が来たってー証拠かもね、なんて思いたい、近頃の天気。 そんなところへ、私のパワーで吹っ飛ばしましょうか!!! 現れたのが、ケツメイシの大蔵君でした。 昨年末削...

小林”チビタ”正明先生

ブルーホライゾン サーフィンスクールのインストラクター、チビタこと小林正明先生。 マンツーマンで懇切丁寧に、ひよこ達に的確なアドバイスを飛ばす。 ボードの扱いはとくにうるさく、自身の道具の扱いも尋常でない、どんなーって、それはそれは、丁寧...

Late for the sky

連休の最終日、”ジャクソンブラウン”のライブに行ってきました。 あいにくの雨にも関わらず、会場の厚生年金会館は、若い親父達でいっぱいでした(笑)。 そーだよな、あの”Late for the sky”からすでに30年以上経っているからね。...

アンプラグド

我々の若かれし頃、遊びのチョイスは、今に比べて極端に少なかった。だからサーフィンを見つけた時は、一発でノックアウト!!!!!(笑) 携帯でゲームに興じる小学生見て、不複雑な気持ちになる。 子供達が集まると初めガサガサしているが、すぐに静か...

続人生色々

クリヤーが趣味だと思われてもこまる。 エグイのも私のサーファー的マインドを揺り動かす。 波の小さい日は、ニーパドルドでのんびり、適当にロングをいじりながら、クルージングを楽しむ。 まっ、私の住んでいる所は、こうした状況が年間通じて多いから...

100%クラシック

写真: BILL PARR 私の友人で100%クラシックなヤツがいます。カリフォルニアのマリブビーチに、張り付いて毎日生きている様なこの人。 サーフボードは、ジョー・クイッグへの、こだわりスペックを現代再現。(凄い人物なので調べる事)ウ...

1967 コロッケパン

川南 活とのインタビューにたびたび登場してくる、トールゲイトの話。 日本のカウンターカルチャーの始まりはここ鎌倉の七里ケ浜だ。 太陽が特別なまぶしさをましてきた初夏の七里ケ浜トールゲイトには、何か特別な雰囲気が有った。 どこからともなく集...

川南 活、インタビュー

クリックよろしく!! ↓   ...

5番アイアン

ここは5番アイアンですね?距離もないし、相変わらずの活、おばちゃんトークは健在でしゃべりだしたら止まらない。この、しゃべりにほとんどの人がやられちゃう、まっ、免疫が出来ちゃうと、ナーンだまたか(笑) うなずいていれば、どーてことないが、ビ...

まったくもーっ

学年は、一つ下なんだけど、小学校、中学、高校までいっしょだった川南 活。 育った場所も稲村ケ崎で、ご近所さんだった。 サーフィンを始めたのは私より少し遅かったが、あのキャラクターは当時からだった。 高校の時、波が良かったので、サボリをきめ...

ハッピータイム

尊敬できる友達がいるという幸せは、私をハッピーにしてくれる。 年上でも年下でも、関係ない。ただ自分には持ち合わせてないスキルや感性。 無類な優しいハートを持った人間、スポーツで特別な才能を持ったヤツ、不器用だけど妥協をせず徹底的に物事追求...

インタースタイルその3

やっぱこの人でしよ! ”ファイヤーワイヤー ”の日本での好調なセールスは、この物あまりの時代、驚きを隠せない。 業界の誰もが慎重な時も、この人の攻めスタンスは変わらない。商品価値の裏付けは有るというものの・・・かつてJPSA の理事会で、ス...

zenke nao

発見! ポンペイサーフトリップで、一緒だった善家ジュニアー、ナオとインタースタイルの会場でばったり。 サーフセッションの時は添田家の御曹司、トモヒロとがんがんに見せつけられっぱなしだった。 どうせ海の中だけだろうと思っていた。陸に上がれば親...

パンクの定義

サーフィンちこっとしてたら、”エンドレス サマー”なるサーフィンムービー知っていますよねっ。これが案外知らない人が多いのに、驚いてしまうことが多い。それもサーフィン雑誌の編集に携わる関係者でも、ポッカーンてこともありまして、サーフィン研究家...

マリブの貴公子ランス・カーソン

94年に来日した、マリブの貴公子ランス・カーソン。 来日したと言うよりは、連れ出したと言った方が正しい。 この60年代のサーフヒーローに初めて会えたのが、91年かな?(ちゃんと調べておきます)鎌倉のローカルで、当時サンディエゴ州立大学、留...

私はロングボーダーではありません

グランドスウェルが入ったとき、必ずサーフするお気に入りの場所があります。 その日も低気圧のバックスウェルが入り、気分もばっちり高揚してサーフィンしてました。何発か良いセットを捕まえ再びラインアップで、波待ちをしていたら、いつも七里ケ浜で御...

74年七里ケ浜 善家 誠

今回のポンペイサーフ慰安旅行に参加した善家 誠。 短いボードで信じられないパフォーマンスを見せてくれた。 同行した息子、ナオが、海の中でびっくりしていたのが印象的だった。”おやじすげっ! ”そうですよ、この人調子に乗せると手におえない。彼...

巨匠登場!

かねてから、このブログに登場をお願いしていた、サーファーフォトグラファーのKIMIRO KONDOがいよいよ登場!ヨッお待ちもうしていました。 氏に初めてお会いしたのが70年代、もの静かで、ボソぼそっと話す、ちょっぴり不気味で気難しい印象...

波と音

サーフィンの満足は感じるものだ。それはなかなか説明しにくい。いや、明確な説明なんて出来ない。言葉巧みで、筆上手な物書きの整理された作文では、それらしい事が書いてあるが、言葉としては理解できても、それがサーフィンを明確に説明してるとはとうてい...

女性サーファー

今ジャー女性のサーファーなんて珍しい事ではないが、70年代の初めのちょっとした、サーフィンブームのときは 、カップルでビーチに来ても、彼女は、彼のサーフィンをじっと砂浜に座って眺めていた(かつて男は偉かった 笑)。タオルを持って長い時間、...

才能

写真の人物は、昨日紹介した、鎌倉的自前楽団のベース担当者、”マーチ ”ことトガシ君である。 90年代ノーブランドのオールドショップに顔を出し始めた。七里ケ浜の閑静な住宅街に住み、七里ケ浜小学校出身のローカルボーイである。サーフィンからバイ...

いやはや先輩!やるの?

昨日は、私の高校の先輩(サーフィンは私が先輩)のご結婚パーティーにいって参りました。先輩は私より1学年上で、皆様ご存知のサーフィン写真家、横山タイスケ先生です。サーフィン写真家といっても、長いレンズで陸からばしばし、アクションを撮るタイプ...

出家前夜

台風又きてますが、9号の余韻いまなお消えず。 人の気持ちをさんざんもて遊んだかと思えば最後は、めちゃくちゃ暴れて、さっさと消えちまった。湘南にはなかなか姿を見せなかった9号。ようやく鎌倉にうねりが入り始めたのは、週半ば。既に西側ではおいし...

グラブレール

いまじゃバックハンドグラブレールでのチューブライディングは当たり前の技だ。 かがんでレールをつかみ、波にレールを意識的に食い込ませ、パワーの有る波でも巻き上げられないように頑張るのだ。もちろんうまく機能させれば、スピードを得られるから、グリ...

サーフィン万歳!

サーフィンを続けていてよかったと思うのは、友達が沢山出来た事。ミッキーに結び付けてくれたのが、久しぶり会った写真のラグナのアーティスト、ケン・オースターだった。70年代当時彼はカリフォルニアTeeシャツ(キャルティー)のアートディレクター...

教授陣

ミッキー・ムニオス70歳パーティーの会場は、至る所で盛り上がっていた。 もちろんアルコールは飲み放題、私も相当いただきましたが。 そんなほろ酔い加減も手伝ってか、久しぶりの同窓会の模様を呈して来た。 サーフィンを通じて知り合った者どうしの、...

サーファーは永遠

気違い暑さの続く中、ミッキー・ムニオスの70歳誕生パーティーに行ってきました。 場所はカリフォルニア、ドヒニビーチ。 ミッキーを祝うため訪れた、顔ぶれは、まさにカリフォルニアの黄金時代を築いたレジェンドの集まりでもあった。地元ドヒニサーフ...

サーフジャンキー

時代が変われば、人も変わる。 かつてサーフジャンキーと言えば、サーフィンに取り付かれ、人生そのものをサーフィンに捧げて、心身ボロボロになるまで、のめり込みタイプをイメージしたが。 もーそれは過去のオヤジの勝手な妄想であった。学校も行かず、...

サーフテックミーティングその2

さて、サーフテックミーティング第二弾ですが、場所が場所だけに(カリフォルニア トレッセルズ)このミーティングを聞きつけて、集まって来るメンツの凄い事! 私が心から尊敬出来る先輩サーファー、リンダ・ベンソンもその一人だ。 私がサーフィンと出会...

出前イッチョー

昨日、ブログに書いた、善家先生の写真発見! 申しました通りのスナップでした。 車は、絶対このポジションに駐車。間違いなく善家先生のお車、ホンダのアコードです。ランチタイムだったのでしょう、例の中華屋の出前をやってます。これは定番の中華丼です...

とどのつまりが・・・

ちょいと、ウンチクたれてみようか。 サーフィンて突き詰めると所詮は、自己満足。 自身が気持ちよく楽しめれば幸せなんだろう。違いますか? 私はそうなんですが。今日の波は最高だった、知らねーよ、俺は今日やってねーよ、バッカだ?グリグリに巻いてい...

ALWAYS ASTEP AHEAD

この人に関してはいろいろなエピソードがある。 我々鎌倉のサーフ小僧の間で、最初に耳に伝わって来た、鴨川のサーフヒーローである(この時我々は鴨川がどこなのかも知らなかった)。何せこの人は、グーフィースタンスもレギュラースタンスも、どちらも使...

ティームメイト

かつてのティームメイトであった、善家誠(中央)と奥田新志(右)。 わたしが、モスサーフボードに居た頃の仲間と久々に会って、一杯やってるところの写真です。 善家は高校の後輩であり、はじめて彼のサーフィンを見たのが、70年代半ば、非凡な才能は...

1964年の世界チャンピオン

オーストラリアサーフィンのヒーロー、ミジェット・ファレリー。 華麗でスムーズなサーフィンスタイルは、同じくカリフォルニアのフィル・エドワーズとともに、僕らの憧れであった。 1964年の世界大会で披露された、あまりにも有名なミジェットのカッ...

もう一人のジェフ・ホー

昨日紹介した、ゼファーティームのグル、ジェフ・ホー。 この時代のサーフシーンを知らない人には、あの写真を見るだけでは、『何だ、このオヤジ。ブリーダーか~』なんて思われはしないかちょっぴり心配だった。分からない人にちょっとだけプチ解説をしよ...

ドックタウンならぬドッグビーチ

友達から、またマニアなのが送られてきた。 それにしても、良く探し出しましたね。 70年代USサーファーマガジンのボディーグローブウエットスーツの広告です。 左からジェイ・アダムス、ネイゼン・プラット、アラン・サルロー。当時サンタモニカをベー...

おとなりさん

なつかしのドロップアウト、オールドショップ前で、これ又なつかしの?スリムな”マメ”さんこと増田昌章に、(このマメさん今はデッカくなりましたよ 笑)『七里ガ浜』を差し入れたときの、ツーショットです。 今では134号線沿い、稲村が崎のブレイク...

バッドボーイズ

コレ、いつの写真だろう、90年代かな、場所は池袋サンシャインシティーで行われたサーフトレードショーのブースです。右側のお方は以前KOOKS にもご登場願った、ダブウエットスーツの戸倉康守。左の方はサーフィン界の大御所、ロックダンスサーフボ...

ジョシュ・ファーバロウからの便り

ジョシュに出会ってからすでに10周年が経つ。 LAエアポートに程近い、スコット・アンダーソンのサーフボードファクトリーで、サーフボードのスポンサーサポートを受けていたジョシュに会ったのが付き合いの始まりである。 このファクトリーはマリナデル...

貴方のボスはサーフィンしますか?

いかにも“らしい”から、全然“らしくない”まで、今日のサーファーはいろいろ。私の暮らしている鎌倉はいわゆるベッドタウン。都内のオフィス街へも電車で一時間あまりの利便性がうけてか、最近移住組が増えている。 ウイークデーはひたすら仕事と割り切る...

Mr.Yoshinao Kudoh

彼の名は、ヨシナオ クドウ。 ここへ来て、時間の立つ早さに改めて驚く。先日とある場所で、工藤吉尚に、久しぶりに会った。吉尚も一児の父親だと聞かされ驚いた。10代の頃の彼を知っているから驚いたのであって、普通に考えれば、当たり前の事なのだが。...

相変わらず!のマーボー

相変わらず!のこの笑顔! 久しぶりに、辻堂にあるマーボーの店に立ち寄った。日本のサーフィンシーンを追っかけた事があるサーファーなら、この男を知らない者はいないだろう。すべてにおいて桁外れ、まともに勝負してもこの男には歯が立たない。 60年台...

通称、チビタ!?

小林”チビタ”正明 昨日の気違いのように吹きまくった風もおさまり、久しぶりのポカポカ天気、どこからともなく、集まって来る、サーファーの群れ、そんな中でも、この人を探し出すのは簡単だ。134号線を、メルセデスでもなく、ワゴニアでもなく、もち...