生き残り

2016年05月23日

太平洋戦争終結から28年目、グアム等で発見された、旧陸軍軍人の横井正一が再び祖国の土を踏んでから久しい。
”恥ずかしながら、横井正一ただ今帰ってまいいました”、の一声にすげー人がいるなって当時思った。
ジャングルで、終戦に気ずきながらもなお、トカゲや、たまった水を飲みながら、28年間もジャングルの奥地でサバイブ出来る精神状態に驚嘆すると同時に、私には絶対出来ない、と、断言出来る。
寂しさで、気が狂って、自ら命をたつか。のこのこと、白旗上げながら、2、8日で人里へ、間抜けなつらをして出てくるのがオチだろう。
特殊な訓練を受けたか、洗脳されたと考えるかは別として、見上げた精神力である。

して、今回のお題、生き残りであるが、軍人、横井正一の話ではなく、バイクメーカーの事である。
写真のTーシャツにプリントされた、2輪メーカーのトレードマーク。
今でもトップメーカーとして世界に君臨しているものから、一時期の栄光が過去の記憶になってしまった、メーカーまで。消えてしまったものにはノスタルジーを、今だ世界のバイクシーンを牽引しているアイコンには、レトロな気分を感じてやまないのだ。
日本国内でも、かつては、数多くのメーカーが存在していたが、現在残ったのは、たったの4メーカーである。

世界のレースシーンから、発展途上国の庶民の足まで。街中では信号と信号の間を疾走し、また通勤の女性の足としても、2輪は、人々の生活に浸透しているが、
プロダクトの性能、安全性、コスト、販売力、資金の調達、ユーザの信頼、などなど、メーカーの生き残りをかけた、苦悩、努力は容易に感じ取れる。
1000に一度の大ヒットを生んでも、その事が永遠につづく事は無い。成功の感傷に浸る間もなく、次のR&Dをスタートさせる、まさに、サバイバルであり、
プロフェッショナルの知恵やデータ収集、解析。それらスタッフ間を取り持つ、デスクワークによるティームゲームだ。

私は、2輪好きである、そのドライブフィーリングが限りなくサーフィンに近い事が、最大の理由だが、それ以上に、2輪には、ちょっぴり怪しい雰囲気を感じてしまうのだ。
怪しいと、言うより、”2輪にはサーフィンに似た、スタイルが存在する”、と、言った方が、正しいのかもしれない。
現代の生き残り、ビックメーカーにしかり、かつては街工場で、フレームを作り、旋盤でクランクシャフトを削り、エンジンの精度、出力馬力を競ったり、と、油まみれの職人の手による、手作り感が残っていた。
それは、サーフボードビルディングに共通する。プロダクト、と、いうより、作品の製作過程に近い”におい”を感じるからだ。

現代のように、周りの情報を気にする事無く、独特なアイディアーと、想像力、が、なし得たオリジナルなものに、苦労の昔物語がイメージ出来る。
生き残るまでには、至らなかったメーカーの諸事情までは知らないが、こーしたアイコン。
アーカイブに見る事が出来る、プロダクトの凛とした美しさ。
無条件でかっこいい!(かつての栄光に、美を感じた人々によって、再びプロダクトを世に送ろうとする、プロジェクトも少なくない)
そんなノスタルジーな雰囲気には、ファッションを感じ、ビンテージな時の流れを創造するのは、私だけだろうか。
(ちなみに私の、初体験は、トーハツのランペット、です。残念ながら、この、メーカーは生き残れませんでした。)
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96年8月16日

2016年05月16日

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楽しい事はいいことだ~、本当に本当にいい事だ。
ましてや、大好きなサーフィンの環境下。
尊敬し、見上げてきた、憧れのサーファーに会って、握手をし、自分の想いを伝える、
そんな瞬間、興奮せずにはいられない。私のサーフィン人生にとって、至福の時なのだ。

ミッキームニオス、70歳の誕生パーティーに、ダナポイントのドヒニビーチパークで会ったのが最後になってしまった。
いつも必ず向こうから声をかけてきてくれる。”うさぎさんでーす”、と、日本語で話しかけてくれた、”ラビット・ケカイ”。
先週の金曜日、95歳のサーフィン人生に幕をおろした。

70年代、毎年のハワイ詣。不安な知らない土地で、こちらを、日本から来たサーファーだと気がつくと、必ず声をかけてくれた。
ビックサーファーが持ち合わせる、強烈な近寄りがたいオーラーではなく、優しいフレンドリーな雰囲気に、いつも、ホッとし、
本物のアロハスピリットを感じたのだ。

96年、日本で開催された、レジェンドの集まりでも、気さくな振る舞いは、変わる事が無かった。
世界中のレジェンドが集まった、このイベント。強い個性の集まりでもあり、どちらかと、いうと、団体行動に不得意なサーファの集まり。
ましてや、アルコールが十分行き渡る、イベント会場。笑をとり、場を和ませ、俺が俺がになりがちな、レジェンドたちを知らぬ間にハッピーにしていた。

イベントプログラムにサインをもらった時も、片言の、”エッチ”な日本語で、笑かしてくれた。
もー、ラビットに会う事は出来ないけど、私の、心の記憶に永遠に残る、ハワイアンサーフレジェンドの一人である。

                               Aloha